洛陽にて (3) by ひろ (ペンネーム: 結城 潤)

 都は四季を通じ観光客や修学旅行の学生たちであふれている。
紅葉の永観堂は今がベストシーズンには違いない。加えて本尊の特別拝観ともなれば
団体客の渦の中に飛び込んでいくようなものだ。紅葉を愛でるというよりはフラッシュの
嵐で風景をはぎ取りに来るといった観がある。
 しかしめくじらをたてても仕方のないことなのだろう。
この街は「よそさんをもてなす」術に長けている。千年の昔からそれは変わらないらしい。
旅人として風景の中をいく限り、可もなく不可もなく過ごしてゆける。そういう場所だ。

 観光客の波に混じってなにとはなしに景色を眺めて歩いていた私を目覚めさせたものが
そこにあった。

「彼女だ。」

 紅葉の枝を見上げるようにして佇んでいる。人としてというよりもむしろ風景に同化した
色鮮やかな光景としてその存在を示していた。
 一葉の紅が彼女の左肩に舞い降りた。ゆっくりとした所作で自分の左肩を見つめた彼女の
頬に一筋の滴が流れて、落ちた。

「見返り阿弥陀・・・・」
 私は独り言のようにつぶやいていた。
 彼女に声をかけようとして一、二歩踏み出した拍子に、団体客の老婦人と肩があたった。

「あ、失礼。すみません。」

 よろけてころびそうになった老婦人に詫びを入れている間に人ごみに紛れた彼女を見失った。
 二度も奇妙な偶然が重なっていると言うのに、「縁」がないのだろうか。

「もう、二度と会えないかもしれない。」

 自分では旨く説明できない不思議な感情に私は囚われていた。
 声を掛けようとしたのは好奇心からではなく、そうしなければならない衝動に
かられたからだが、その機会を逸してしまった。なにか大切なものを失ったような感覚が
心を覆って離れなくなった。

 もう一度、彼女に会わなければならない。何が私を駆り立てているのかわからないまま、
砂の中に落ちた一粒のオパールを探す如くほとんど絶望的な決意をしていた。

 今夜は三条にあるホテルに宿をとってある。チェックインは後回しだ。
東山の散策をもう少し続けよう。もしかすると三度、彼女に会えるかもしれない。
 私は彼女に会ってなにをしようというのだろう。だがどうしても彼女に会いたいと思う
衝動だけが今の私を突き動かしていた。

 なんのあてもないまま私は永観堂を離れ、哲学の小路を洛北へ向かって歩いくことにした。
(2002.12.11) 
Copyright(C) 2002-2003 結城 潤 

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