ニライカナイ−この夜にさよなら−(14) by ひろ (ペンネーム: 結城 潤)

 Road of IZUMO

 ゴールデンウイークの混雑を避けて、出発を連休明けに定めた。

 今回はマシンの慣らし運転もあり、無理をせず一週間かけての行程にした。

 出雲大社への参拝が目的ではあったけれど、この旅でもうひとつ拓哉は
淳子に見せたいものがあったのだ。

 高校三年の夏、修学旅行をサボって親友とでかけた出雲への旅で、夜、
海岸線で野営した折に水平線の彼方から頭上に向かって放射状に流れていく
流星群を見た。

 あれ程の規模のものは望むべくもないし今時分は日本海側に放射点を持つ
流星群がない。 ただ、山の上から瀬戸内海側を望めば、可能性があるものが
あった。

 流星群をいっしょに眺めたい。バイクの慣らしにかこつけて旅を計画した
のもそのためだ。病は進行してゆく。残された時間、悔いを残さない生き方を
しなくてはならない。
 発病してから、この気持ちにたどり着くまでは随分回り道をしたようにも
思えるが今ようやく、気持ちの整理がついてきたところだ。

 国道を通らず、ほとんど車の通らない県道を主な経路として選んだ。ハーフ
フェイスのヘルメットから五月の風が吹き込んでくる。マシンは好調。申し分
ない。
 
 9号線をそのまま北上すれば、いとも簡単に山陰線へ抜けてしまうのだが
それでは、流星群の宿へは行く事ができない。1時間ばかり走った峠の茶屋で
休憩を取った。

「お姉、昔さ流星群の話をしたの覚えてる?」

「あ、例の克也くんと行った出雲の旅のときのね。」

「それそれ。あのときと時期が違うしさ、山陰側では今時期、これといったのが
観られないだ。だから、ちょっと寄り道するけどいいかな。」

「いいよ。もとよりルートはライダーに任せているわけだし。あたしはタンデム
させてもらっている身分だからさ。」

「そんなことない。この旅は、このバイクとオレとそして何よりお姉のために
用意した旅なんだ。」

「ありがと。」

 湿度の低い、心地よい風が吹き抜ける。ふわりと淳子の髪が揺れた。拓哉は
その横顔をみつめながら、心の底から安寧を感じていた。

 淳子のそばにいるときに感じるその気持ちは、寺院の仏の前に侍すときに
感じる穏やかで心静まるそれに似ていた。
 
 西洋では流れ星は死者の魂が、天空を駆け抜けるという言い伝えがあるため
あまり好ましい物と思われてはいない。
 ハレー彗星が接近した中世の世では悪魔の使いとさえいわれた。
 
 この国では流星に願いをかける。拓哉の願いはひとつ。これから先いつまでも
生きて淳子の側にいたい。

 だが厳しい現実だけが目の前にあってどうしても前向きになれない。病を
抱えていては、愛するものさえ幸せにはできない。
 
 遠い未来を保証する事はできないとしても、少し先の幸せだけは手渡せる
ようにしたい。抗いがたい強い思いに突き動かされて拓哉はアクセルをあけた。
 すでに連休を過ぎ、旅人の数も減ってはいたけれど時折バイクの車列と
すれ違うこともあった。

 そのたび拓哉は左手を軽く挙げて合図する。向こうも同じように手を上げる。

 ごきげんよう、きをつけて! それはライダー同士の無言の挨拶。

 その気持ちのやりとりだけでも心の中の曇り空は晴らされていくように
思えるのだった。
(2006.05.30)
Copyright(C) 2002-2006 結城 潤 

▼前へ ▲次へ

▲ひろの連載小説へ戻る

▲OfficeKOBAのtopに戻る